ペルシア語学習ブログ

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長母音のマアルームとマジュフール

古典ペルシア語の母音は、以下のように、短母音3種類、長母音5種類の計8種類である。

  • 短母音: a, i, u
  • 長母音: ā, ī, ē, ū, ō

このうち、長母音の「ī」と「ē」は同じ「ی」(ヤー)の文字で表され、アラビア語にもある「ī」を「ヤー・イ・マアルーム」(知られている「ヤー」)、アラビア語には無い「ē」を「ヤー・イ・マジュフール」(知られていない「ヤー」)という。同様に、同じ「و」(ワーウ)の文字で表される「ū」と「ō」は、それぞれ「ワーウィ・マアルーム」、「ワーウィ・マジュフール」と呼ばれる。

現代語では、イランのペルシア語では、長母音のマアルームとマジュフールの違いは消滅している。タジキスタンのタジク語では、マアルームとマジュフールの違いは保たれているが、古典ペルシア語における短母音と長母音の区別は消滅しており、マアルームの長母音は、「ī」は「i」と、「ū」は「u」とそれぞれ融合している。一方、アフガニスタンダリー語では、古典ペルシア語の8母音を、個々の音の変化はありつつも枠組みとして保っており、長母音の「マアルーム」と「マジュフール」の違いも基本的に保たれている。また、ウルドゥー語ヒンディー語のペルシア語系単語でも、マアルームとマジュフールの区別は保たれている。

マアルームとマジュフールの例

マアルームとマジュフールの例のひとつに、「šīr」(ミルク)と「šēr」(ライオン)がある。アラビア文字ではいずれも「شیر」と綴り、「ی」をマアルームで「シール」と読めば「ミルク」の意味に、マジュフールで「シェール」と読めば「ライオン」の意味になる。タジキスタンのタジク語では、キリル文字でそれぞれ「шир」、「шер」となる。一方、イランのペルシア語ではいずれも「シール」となり、「ミルク」と「ライオン」は同音同綴りの異義語になる。

ところで、マジュフールはアラビア語にはない発音であるために「マジュフール(知られていない)」と呼ばれているのだが、辞書で引くとアラビア語由来とされる「ولی」(しかし)の「ی」は、タジキスタンのタジク語では「вале」(ヴァレ)であり、マジュフールであると推測される。「ولی」はアラビア語そのものではなく、「و لیکن」を短縮したもののようだが、この「لیکن」もマジュフールで「レーキン」(あるいは「レーカン?」)になるようである。イランの現代ペルシア語からマアルームとマジュフールを推測する場合、アラビア語由来の単語だからといってマアルームとは限らない、ということだろうか。

国名の「イラン」(ایران)の最初の母音は、タジキスタンのタジク語では「Эрон」でマジュフール、ヒンディー語ウルドゥー語では「īrān」でマアルームとなる。これは古典ペルシア語ではどっちだったのだろうか? パフラヴィー語(中期ペルシア語)まで遡れば「ērānšahr」になるのだが。

マアルームとマジュフールの調べ方

調べる時に参考になるもののひとつがwiktionary(主に英語版)である。発音は現代イラン・ペルシア語のものしか載っていない場合もあるが、タジキスタンのタジク語(キリル文字)での綴りも載っている場合が多く、古典音を推測する上で役に立つ。また、アフガニスタンダリー語での発音が載っていたり、そのまま古典音が載っていたりすることも稀にある。情報の信頼性の程は不明だが、伝統的な辞書でも誤植や間違いはつきものなので、辞書に書いてあるからといって鵜呑みにはしないという態度はwiktionaryに限らず必要だろう。

もう一つは「A Comprehensive Persian-English Dictionary」という1892年発行の辞書であり、オンライン版も以下のページからアクセスできる。

dsal.uchicago.edu

ただし、なにぶん19世紀発行の辞書なので、現代人には扱いにくい部分もあるのではないかと思う(ブログ主はいまいち使いこなせていない)。また、現代(21世紀)のペルシア語を読む上では、いろいろと不足もあるかもしれない。