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写本のナスタアリーク体を読む2 (「カユーマルス王」第8対句)

 前回に続き、サファヴィー朝初期(16世紀)の写本「タフマースブ1世のシャー・ナーマ(シャー・ナーメ)*1」より、カユーマルス王の御所の場面にあるナスタアリーク体テキストを解読してみます。

「カユーマルス王」第8対句

「カユーマルス王の御所」には、シャー・ナーマ(シャー・ナーメ)のカユーマルス王の節より、第7~第11対句がナスタアリーク体で書かれています。今回は、2番目の第8対句を見てみます。

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書かれているテキストは、以下のとおりです。

بتابید ازان سان ببرج بره، که گیتی جوان شد ازو یکسره

ナスタアリーク体のフォント「IranNastaliq」では以下のようになります。

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読解

この対句の読み(古典音)は、以下のようになります。

bi-tābīd az-ān sān ba-burj-i bara,
ki gētī jawān šud az-ū yak-sara.

現代イランの標準ペルシア語音では、以下のようになります。

be-tābīd az-ān sān be-borj-e bare,
ke gītī javān šod az-ū yek-sare.

タジキスタンのタジク語での、キリル文字による綴りは以下のようになります。

Битобид з-он сон ба бурҷи бара,
Ки гетӣ ҷавон шуд аз-ӯ яксара.

意味は以下のようになります。

そのようにして白羊宮を照らし、
世界はいっぺんに若返った。

詳細解読

まず、前半の「بتابید ازان سان ببرج بره」を詳しく見てみます。

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この対句の前半部分を翻字すると、以下のようになります。

btabyd azan san bbrj brh

最初の単語「بتابید」(btabyd)は、後半にある「ب」(b)と「ی」(y)の点がまとめて3点で書かれています。「پ」(p)と紛らわしいですが、文字の本体*2はでっぱりが2つあり、文字2つ分の点であることが分かります。また、最後の「د」(d)の前が長く伸びています。IranNastaliqは対応していませんが、特定の状況下で「د」(d)の前を伸ばすのもナスタアリーク体の特徴の一つです。

最後から2単語目の「ببرج」(bbrj)は、前回の第7対句で出てきたものと同じです。ただし、今回は「ج」(j)の点が文字本体のカギ状部分の外側に出ています。*3

次に、後半の「که گیتی جوان شد ازو یکسره」を詳しく見てみます。

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対句の後半部分は、翻字すると以下のようになります。

kh gyty jvan šd azw yksrh

2番目の単語「گیتی」(gyty)は、最初の「گ」(g)が「ک」(k)と同じ形で書かれています*4。また、2文字目の「ی」(y)と3文字目の「ت」(t)の間が長く伸びており、「ت」(t)には文字の本体にでっぱりが見られません。これらはいずれもナスタアリーク体の特徴ですが、単語末の「ی」(y)の手前で「ت」系の文字のでっぱりがなくなるのはIranNastaliqフォントでも確認することができます。

3番目の単語「جوان」(jvan)は、最初の文字「ج」(j)の点が前の単語(گیتی)をはさんで遠くに離れています。しかし、「ج」の近くにある2つの点があきらかに前の単語に属しており、その場合は下の1つの点があぶれることになるので、これが「جوان」(jvan)に属する点であることが分かります。

最後の単語「یکسره」(yksrh)では、真ん中にある「س」(s)は完全になめらかな(波が無い)長めの線で書かれています。ナスタアリーク体の「س」(s)は、独立形における前半部分(すなわち、語中形における文字全体)が長く伸ばされることがあり、その場合は「波」が完全に消えてしまいます*5。一方で、「波の無い長い線」は特定の条件下で文字間を伸ばしているだけの場合もあり、今の場合も「س」(s)の無い「یکره」(ykrh)と紛らわしいですが、ここでは線の下にある3つの点がここに「س」(s)があることを示しています*6

異文

なお、シャー・ナーマ(シャー・ナーメ)には異文も多くあるようで、Wikisourceにあるテキストでは「カユーマルス王」の第8対句は以下のようになっています(相違点を赤の太字で示しています)。

بتابید از آنسان ز برج بره         که گیتی جوان گشت ازو یکسره

読みは以下のようになります(古典音。括弧内は現代イラン標準音)。

bi-tābīd az ān-sān zi burj-i bara, ki gētī jawān gašt az-ū yak-sara.
(be-tābīd az ān-sān ze borj-e bare, ke gītī javān gašt az-ū yek-sare.)

対応するキリル文字綴りは以下のようになります。

Битобид аз он сон зи бурҷи бара, Ки гетӣ ҷавон гашт аз-ӯ яксара.

意味は以下のようになります。

「そのようにして白羊宮より照らし、世界はいっぺんに若返った*7

(続く?)

*1:この記事のペルシア語のカタカナ表記は、括弧の前が古典音、括弧内が現代イランの標準語音とします。

*2:アラビア語で「ラスム」

*3:この他に、2単語目の「ازان」(azan)の二つ目の「ا」(a)を、「آ」(ā)のマッダが省略されたものとして、「از آن」(az ān)と解釈することも可能かもしれません。ただし、この対句の後半では「ازو」(azw)という綴りで「az-ō (az-ū)」を表しているので、ここも元々マッダが無い「ازان」(azan)で「az-ān」を表していると解釈したほうが良いかもしれません。

*4:この時代にはまだ「گ」(g)は「ک」(k)と書き分けられていなかったのかもしれません。

*5:ナスタアリーク体の「س」(s)は、元々「波」はわずかにしか書かれませんが、伸ばされていない「س」の場合は少なくとも気持ち程度には「波」が入っています。一方で、伸ばされた「س」の場合は「波」は完全に消滅します。

*6:なお、3つの点が線の上についている場合は、もちろん「ش」(š)になります。

*7:この文脈では訳し分けるのが難しいですが、「شد」は「~になった」、「گشت」は「回転した」「そのように変化した」といったような意味です。